はたして「Xデー」という表現が正しいのか間違っているのかすらも、もう僕にはわからない

なんか昨日の公演で大変なことになったようで。


ほとんど眠れていない。
そもそも最近あまりよく眠れなくて、食欲もない。なんとなく情緒不安定というか、ささいなことでイラついたり、春コンDVDを見ながらなんでもないところで目頭が熱くなったり。

どうやら、僕は緊張しているらしい。

当たり前の話なのだが、会場にいるだけが紺野ファンの、小川ファンのすべてではない。

元々在宅派の人もいる。働かなければならない人もいる。チケットが取れなかった人もいれば、遠くて来られない地方在住の人もいる。相変わらず失業中の僕は生命保険を解約してチケとグッズの金を作ったが、働いていても経済状態が許さなくて泣く泣くあきらめた人もいるだろうし、年少のファンのなかには親御さんが許してくれなかった人もいるはず。

たとえその場にいなくても、仕事をしていようと、家でゴロゴロしながら屁をこいていようと、地元の友人とカラオケで大騒ぎしていようと、ネットの掲示板で罵り合いをしていようと、家族で夕餉の食卓を囲んでいようと、上り車線の渋滞に辟易していようと、彼女あるいは彼氏とギシアンの真っ最中だとしても、推定で9999億9999万9999人(こんなこと今じゃ小学生でも言わないか)の意識は代々木第一体育館に向けられている。

ということはないかもしれないが、とにかくそこに僕らはいく。紺野ファン、小川ファンを代表して、などとおこがましいことは考えない。僕が責任を持てるのはただ僕一人分の思いだけしかないのだから、精一杯のそれを持って、客席につく。

たぶん、気合を入れて「こんこ~ん!」「まこと~!」と叫ぶことは(少ししか)ないだろう。「まあさ~!」「あいり~!」の方が簡単に叫べると思う。
本気であればあるほど、それは容易に口に出せるものではなくなってしまう。僕はそう思っている。
はたから見たら盛り上がっていないように見えるかもしれないが、実は盛り上がりすぎて声も出せなければ体も動かない状態なのかもしれない。って、何を今から言い訳してるのだろう。別に同行者がいるわけでもないのに。

そういえば今回もまた配るアテのない名刺を作った。個人的に最高傑作。配る相手がいないのが残念でならない。mixiのイベント(要するにオフ)は昼公演前だから行けるはずもなく。


まぁとにかく、ハロモニ見たら行ってきます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

前日

今を去ること19年前、9月20日。小早川毅彦が江川卓からサヨナラホームランを打った日。

賛否両論を巻き起こしながらも日本のアイドル史(というものがあるのだよねぇ)に大きな足跡を残したグループが、最後のコンサートを行った。

確か最終日の最終公演は一般発売されなくて、FCに入っていなかった僕は入手できるかぎりで最後の公演になる昼の部(にしたところで、今考えればよく入手できたものだと思う)に入った。
終演後に脱水症状と過呼吸(だと思う)で倒れ医務室へ。壁の向こうからかすかに聞こえてくる夜公演の音を聞きながら“これはこれで得したかも”などと、はっきりしない意識のなかで考えたりもしていた。

アンコールを聞きながら、連絡を受けて駆けつけた家族に抱えられるようにして外へ出ると、チケットを持っていないファンの一部がパイプ椅子を投げて暴れていた。出入口のガラス扉を破って突入しようとしていたのか、最後の瞬間に立ち会えない憤懣を何かにぶつけていたのか、今となっては知るよしもない。

ムチャクチャだったなぁ。僕も含めて。


そんなわけで、国立競技場代々木第一体育館というのは僕にとって特別な場所で、目にするだけで身が引き締まるような気分になる。

また、特別な場所になる。
あの年に生まれた女の子の、区切りのステージ。
あの時と同じ北2階スタンドに入るというのも、何かの縁だろう。


歳をとった。体力は落ちた。筋肉の代わりに脂肪が全身と内臓につき、腰や膝に不安を抱え、肺は煙草でボロボロだ。軽い喘息もある。
でも心は、そりゃあ少しは余計にひねくれたし、早めにブレーキをかける癖がついたが、身体ほどには弱っていない。

19年前の公演内容は、見事なくらい覚えていない。
今度はそうはしない。死ぬまで劣化しない、それどころか年月とともに美化される“記憶”という名のメディアにしっかり焼きつける。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

仲間を何人か絶望させてしまいました

よしなしごとをそこはかとなく・・・さんの6月1日付エントリから、管理人さんの了承を得て僕のコメントを抜粋。詳しいやりとりはリンク先を見てほしい。

(転載開始)

(転載1)
はじめまして。いつも興味深く拝読しております。
マナー問題については自分のブログでも取り上げたこともありますが、どんなに考えても、またどこのサイトやブログを覗いてみても、「どうしてそんなに世間の目を気にするのか」という疑問がどうしても解決できないんですよね。
ファンであることを他人に言えないというのは、別に誰が悪いわけではなく、悪いとしたら他人の評価を気にして言えない奴だけが悪いのです。そんなに恥ずかしいのならやめりゃいいんですよ。ヲタ(といわれてイヤならファンといい換えますか)というのは好きでやってる趣味なんですから。自分の弱さを他人のせいにしないでくださいよ。迷惑ですから。
「世間の評判が落ちると人気も下がるし、将来のメンバーを失うかもしれない」というもっともらしい意見もありますが、現在すでにヲタ向け商売に血道を上げている状態では一般人気の上昇を願っているようにも思えませんし、ヲタがキモイだの怖いだの言う子供がメンバーになってもやっていけないでしょう。メンバーになったらそんな客の前で笑顔で歌って踊って、時には握手までしなきゃいけないんですよ。
あと、みんな女性ファンに幻想持ちすぎ。女性だって同じヲタですよ。キモイに決まってるじゃないですか。テレビでジャニヲタやビジュアル系バンドの客見たことないですか?アレは大丈夫だがモーヲタはキモイというなら「キモく撮る」演出に騙されてますよ。
もしも周りで「モーヲタってキモイよねー」という話をする人がいたら「じゃ俺もキモイ?」って聞いてみましょうよ。もし「うんキモイ」と返されたら、その人は目の前にいる人間より自分の頭の中にある差別的イメージの方が大事な人(=差別主義者)ですから、付き合うのやめりゃいいじゃないですか。無理して付き合っても無用なストレスがたまるだけでメリットありませんよ。
どんな場所にもキレイなものと汚いものがあるのが世の中です。その汚さを受け入れる(親しむ必要もないでしょうが)のが大人になるということだと思います。

(転載2)
「好きなメンバーを落とすくらいの気持ち」が、そもそも擬似恋愛をやっていることがキモイと思われているんです。また、「現実の女の子に相手にされないからヲタやっている」というのは必ずしも正確ではありません。むしろヲタの方が「話の通じない(=相互理解が期待できない)現実の女の子を相手にしていない」というのが本当のところではないかと。
今は何かに熱くなること自体が暑苦しいとかウザイとかキモイとか否定的に受け止められてしまう時代なのです。つまりこんなふうにネットで熱く語ること自体がすでにキモイのです(爆)。だからってネットで語ることをやめることはできませんよ。好きですから。だったら何をやったって世間の評価は「キモイ」で固定です。そんな評価に怯えることはないのではないでしょうか。
それから、客の服装に意見してヲタが来なくなったアイドルってのも過去にいますよ。現状でヲタが来なくなったら誰が客席を埋めますか?一般の人?本当に来ますか?「興味はあるけどヲタがイヤだから行かない」人だけで埋まりますか?「やってみなけりゃわからない」というのは夢物語としてなら聞いてもあげられますが、現実のビジネスでは通用しません。モーニング娘。そのものが世間に飽きられ、興味を持ってもらえていない現状(一般人のどのくらいが現メンバーの顔と名前を認識しているでしょう)では、賭けてもいいですが一般人なんて来るわけありません。その点ではヲタ向け商売を一所懸命にやっている方がよほど現実が見えている態度だと思います。

それにしても、ヲタがヲタをキモイっていうのも異常な話ですよね。それこそヨソじゃ聞いたことのない話です。
みなさんにとって「ヲタ」って誰のことですか?自分ではない誰かのことだと勘違いしていませんか?みなさんはモーヲタじゃないんですか?ヲタとは誰よりもまず自分のことじゃありませんか?少なくとも僕はそうです。だから僕は「ヲタはキモイ」という発言はなるべくしないようにしています。自分で自分を否定して生きていられますか。プライドを持つってのはそういうことです。世間に迎合して自分を曲げることじゃありません。
確かに僕は外見・言動・行動すべてがキモイ人間です。しかしそれはオーガという一個人がキモイわけで、別にモーヲタを代表しているわけではありません。それは他の人もそうでしょうし、四六時中奇抜な服装や行動をするわけではありません。そういう当たり前の認識ができず、たまたま目や耳にした例をもって「モーヲタ=キモイ」とレッテル貼りをして、他人を見下していい気分になっているようなおめでたい人たちは、どう考えても間違っていると思いますよ。といって正そうとも思いません。ナントカにつける薬はないのです。

(転載3)
補足。一番カッコよくてキモくないのは「堂々と生きる」ことではないでしょうか。

(転載4)
すでに「世間の中で芸能活動」なんかしていませんよ。世間と隔絶された閉じた世界で、世間が介入しないのをいいことに独占的なお金儲けをやっているのです。自分が世間の中に存在していると思いたいのは自然なことですが、ヲタクとカテゴライズされた時点で世間から弾き飛ばされているのです。我々が生きているのは「世間」ではなく「ヲタク世界」に「世間」によって閉じ込められているのです。だったらそれでいいじゃないか、それをネガティブにとらえるのはやめようじゃないかといいたいのです。
それがイヤならば、一番の近道はヲタクでなくなることです。

「自分と自分の好きなものを悪くいうものとなんでそんなに親しくしようとするの?」というのが一番いいたいことなのです。たとえば顔を合わせるといつも文句ばかり言ってる人とは親しく付き合わないでしょう?自分の仕事を評価しない上司の小言は適当にやり過ごすでしょう?同じようにできませんか?という話をしたいのです。
世間がアキバ系に優しくなったのは別にアキバ系がイメージ向上に励んだからではありません。単純に「金になる」からです。だからきっと「モーヲタは金になる」ということになればメディアは好意的になりますし、それに踊らされているだけの世間は黙りますよ。具体的にどうするかというアイディアはありませんし、無責任な観客でしかないヲタクの考えることでもないでしょう。

(転載5)
ヲタクが考える「モーニング娘。、そしてハロプロに属している方々のために」なんてフィクションですよ。直接確かめるわけにもいきませんし、演者と客の関係を超えて直接会ったことも言葉を交わしたこともない人の心の中を想像で語るのは失礼です。そもそもヲタク否定というバイアスのかかった視点で「ハロプロに所属する人のために」を語ることに意味も価値もないでしょう。結局は今のヲタクを全否定する言葉しか出てこないのは明らかです。不毛ですねぇ。「ここはいい」「ここは修正しよう」という話(それはヲタだけに限った話ではありません)にしていくならいいのですが、基準はモーヲタ全否定の「世間」でしょ?

人間関係で考えれば(相手が世間だろうが社会だろうが基本は「人間」ですから)、好かれよう好かれようとそればかり考えて生きている人は逆に嫌われますよ。

自分を恥じているくせに「俺は恥ずかしい人間じゃない」と目を吊り上げて口角泡を飛ばして語ること自体が恥ずかしくてキモイのです。

(転載終了)


管理人さんに見透かされた(ことを転載の許可をいただいた時に知らされた)ように、誇張して書いた部分もあれば「ここは間違ったことを書いているから否定してくれ」と願った部分もある。しかしいいたいことは曲げていない。


僕らを弾き飛ばして“ヲタク”というカテゴリーに押し込んでいる世間というもの(大げさにいうなら、僕らは世間から同じ人間だと思われていない)は、信じられるものなのだろうか。僕らは、いや違う、僕は僕の行動における規範をそこに求めていいのだろうか。どうにも納得しがたい。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

同期っていいなぁ。

今日のドキュは大阪公演の速報。慌てて取材したのが手に取るようにわかる。相変わらず大事なことは何一つ教えてもらえないSSM(泣)。観客の反応が臨場感たっぷりに伝わってきたので、客席用のマイクも用意したのかもしれない。まぁそんなことはどうでもいい。


開演前、「しょい」の後手をつないでステージに向かう紺野と新垣。

( ・e・)<「やっぱり(卒業を)やめます」って言っていいんだよ

なんか前にも同期にそんなこと言ってた2代目リーダーがいたなぁ・・・と思うと感慨深い。こういうことを言えるのは、やはり同期しかいない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スーパーアリーナで

終演後のアリーナ席、

「こんこ~ん、こぉんこぉぉぉぉぉぉぉん」

言いながら号泣している中年男が一人。ってそれ、


俺じゃねーか!


うわキモッ!俺キモッ!

あまりのキモさに目が覚めました。いやー夢でよかった

でも、本当に泣いたように胸のつかえが取れたような気がして、かなり気持ちいい。

たぶんこれで7月に泣かなくて済むだろうな、そんな気がした。


小腹がすいたからお茶漬けでも食ってもう一眠りするか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

勃発・もしかして(2)

卒業旅行はディズニーではなかった。そうだったとしても、それ“だけ”ではなかった。のかもしれない。


下町文化日本文化体験ツアー。

主役の二人。
お姉さん二人。経験豊富なこの二人なら、事情を飲み込みながらもそれを匂わせないという難しい任務をつつがなく遂行することができる。
ガイドを務めるのは、主役の一人が一度は憧れながらも後にフットサルで同じポジションを争うライバルとなり、もう一人とは仲の良いことで知られる人。

なんでしょう、この内輪感。卒業旅行ってそういうもんだよね。ゲストを使うことでそれを薄めているのがなお怪しい。

なぜこんな“今にして思えば”という話を執拗にするのか。

今回は見事に騙された。情報解禁後も隠さねばならない情報について関係者のすべてに徹底できなかったのは詰めが甘かったと思うが。

騙された側がすることといったら“これからは騙されないようにする”ことしかない。

こうやって“手口”を覚えておいて、これからは事あるごとに“こりゃ卒業だ”と言いふらすオオカミ中年になるのだ。
もちろん隠す方もより巧妙に仕掛けるだろう。そのトラップやダミーを一つ一つ見破っていくのだ。
別に何の得にもなりゃしないのだけど、騙されるなら騙されるで、最後まで騙されていたい。“騙されていた”ことを知らされると腹が立つからそれを防ごうというだけの話だ。


<付記>
もちろん、他のメンバーがそれぞれ別の収録(絶叫CMやターン鳥。この回の絶叫は田中れいなの代わりに高橋愛が起用されていた)を行っていたという可能性までも否定するものではない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

勃発・見て損はないと思うけど

通しタイトルを変えてみました(笑)。

3月26日のハロモニ。を編集していたら、「リボンの騎士」記者発表の模様が。

上演する頃にはいなくなっている人が出ている。

半年前に決定していたというのが事実なら、はじめから出演予定のない人をさも出演するかのように偽って宣伝に利用したことになる。

紺野目当てでチケットを申し込んだ人は強く強く払い戻しを求めていくべきだと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大事件勃発・もしかして

大事件だとパニクってたのは俺だけ?
そうだよな、いつものことだもんな。

半年くらい前から業界内に情報が流れていたとか今年は大検で精一杯だから目標は再来年の入学とか色々な情報が出てまいりました。小川情報が少ないと感じるのは、単に僕が元紺野ヲタ(誰かに乗り換えたわけではなくDD化した)で紺野情報にばかりアンテナが向いているせいだろうか。

半年前というと、だいたいバリバリ教室のあたり。
その時期に業界内でアナウンスされたということは、内部決定は当然それより前。
そう考えると、あのコンサートでの「涙が止まらない放課後」紺野ソロや5期メンバーによる「初めてのロックコンサート」が特別な意味を持っていたということに、今さらながら気づく。

スポフェス1500m走で紺野が必死で(DVDを申し込んだ人は、届いたら注目してほしい)走ったのも当然だった。最後の勝負だったのだから。
1988年有馬記念のオグリキャップvsタマモクロスを思い出す。あれもラストチャンスだった。あっちは受けて立つ方の引退レースでこっちは挑戦する方の引退レースという違いはあるが。

紺野アロハロDVDのオーディオコメンタリーに起用されたのが新垣里沙であることも理解できる。

“卒業制作”である以上、ほぼ同時期に卒業する小川は起用できない。
高橋愛とでは会話が弾まない(「よろしく!センパイ」での“お食事会”を覚えているだろうか)。

なぜ同期でなければいけないかは、5期ヲタなら知っている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大事件勃発・どうする?どうする?どうする?

君ならどうする~♪


紺野のメッセージだけつながりにくかったのは笑った。おまいら必死すぎ。オレモナー。


紺野は北大に進学するため卒業」という冗談はずいぶん前からネットで飛び交っていた。まぁ北大に行くのかどうかは不明(行く気だとしたら遅いという気がしないでもない)だが、進学という選択は予想されていたことであり、ある意味“理想”でもある。

小川は・・・“留学”ってフェードアウトのパターンに思えてイヤ~な予感がするのだが。

とりあえず今後の芸能活動に関して含みのあるコメントを出してることだし、そんなに悲観することもないと自分に言い聞かせることにしよう。


モーニング娘。に関しても特に心配はしていない。いつものことだし。

頼れるゴレイロを失うことになるガッタスの方が不安だ。スポフェス以外で試合を見たことがなく「娘DOKYU!」や「恋するフットサル」を情報源とした判断だが、一瞬の状況判断やカンという部分(それは接戦やPK戦を制する大きなポイントである)で辻希美を上回ると思えるというのも理由の一つだが、ゴレイロのサブメンバーがいないのは問題だ。「しばらくWの仕事はないから辻の欠場はない」という話ではない。不測の事態に対応できない。一応は是永美記も経験があるが、攻撃守備双方で大活躍の人材を回すわけにはいかないだろう。


いつか表で“鉄の結束・5期メンバー”の話をしようと思っていたのだが、どうやらその時が来たようだ。ただいま準備中。

さすがにこういう時は小川の表記ミスはやらかさないね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

大事件勃発・ファーストインプレッション

『モーニング娘。』5期メンバー「紺野あさ美」・「小川麻琴」卒業のお知らせ

『モーニング娘。』プロデューサーつんく♂より皆様へ

モーニング娘。紺野あさ美コメント

モーニング娘。小川麻琴コメント


ハロコン申し込んでねえええええええええ!!!!!!!!!!

スポフェス個人DVDも「キリがない」から申し込まなかったし。

_| ̄|○

_| ̄|○

_| ̄|○

| | Comments (0) | TrackBack (0)

とくばんの話

卒メンを可能な限り揃えるという時点で、現メンが壁の花になるのは予想できた。途中から卒メンだけになったのは予想外だったが、いっそ潔い。飾りじゃないのよ現メンは。

“味が薄い”発言は、単に石橋貴明(と「うたばん」という番組)が現メンを使ってトークを展開させることを放棄したというだけで「私(たち)は現メンで面白い番組にできません。『音楽戦士』(と青木さやか・キングコング)以下でございます」と宣言したにすぎない。能力がないのかやる気がないのか、それなら呼んでくれなくていいのに、と贅沢なことをいってみる。

トータライザーの“生まれ変わってもモーニング娘。になりたい”という設問にYESと答えた現メンが少なかったことを嘆く声もあるのだが、僕には理解できない。
別に“モーニング娘。にいる(いた)ことを後悔している”といっているわけではないだろう。“せっかく生まれ変わったのなら違う人生を歩んでみたい”というだけの話ではないのか。何がそんなに問題なのか。
テストに苦しんだり部活に燃えたり友達とくだらないおしゃべりをしながら一緒に帰ったり軽くバイトでもしたり、上司に企画書を目の前で破り捨てられたり帰りの電車で爆睡して終点まで行っちゃったり給料日にいつもよりちょっとだけ高い食事をしたり終電逃して会社の床に段ボール敷いて寝たり、一日中部屋でネットにいそしんだり匿名掲示板でののしりあったり表向きDLできないはずのストリーミング動画をDLしてDRMを解除したあげくファイル共有ネットワークに放流してみたり、家族の無理解に悩みながら無職の日々をすごしたりという、そんな“選択しなかった人生”に憧れを持っていても何ら不思議はない(憧れなくていい人生もあるなぁ)。我々が今の人生を選択したようにモーニング娘。も数ある選択肢から今の道を選んでいる(=選ばなかった人生を捨てている)のだから。我々がモーニング娘。に憧れるように、モーニング娘。は我々に憧れているのだ。


総じていうなら、今回もまた語る価値のない番組だった。それだけ。
ただ「SEXY BOY~そよ風に寄り添って~」のパフォーマンスは、この曲でのテレビ出演中もっともよかったのではないかと思っている(カメラワークは今ひとつだったが、それは彼女たちの責任ではない)。例の“指差し笑い”が目立たなかったというだけでも。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

美貴どきゅに関して

“藤本美貴「アメージング・グレイス」編”が終わって来週からはまたガッタスになりそうだが、今回の藤本編を見ていて気になることがあった。

新垣里沙が韓国韓国いってても“あぁ好きなんだねぇ。俺には合わないけど”と思うくらいで気にならないのだが、藤本が英語英語いってるとどうにも引っかかる。これは僕が英語を苦手としていることからのコンプレックスや偏見があるのだろうとは思う。

ただ、本質的には真面目な人であると思っている藤本だから気になるのだ。

CDになる仕事としては英語の曲を歌うことはなかったし、恐らくこれからもそう多くはないだろうと思われる。
それでもやるというのは、歌手としての幅を広げることにつながるかもしれないのだから、異を唱えることではない。
しかし、だ。

たとえば久住小春なら、日々の仕事がそのまま新しい体験であり、新しい挑戦を続ける日々である。目の前のこと一つ一つがすべて目標であり、それに全力でぶつかっていくことが課題でもある。だからきっと彼女は「英語の曲を歌いたい」と思うことはないだろう。

では藤本はどうか。大抵の曲は歌えるし踊れる。新しいのができてきた時にそれを覚えるだけでいい。仕事にも慣れ、余裕が生まれる。だから違うことをしたいという欲も出てくる。

純粋な向上心であるならいい。しかし、

新しい挑戦をしたいが日々の仕事にはそれがない。
やることがない。
刺激がない。

なんてことだったとしたら意味合いが変わってくる。


“違うことをしたいという欲”が仕事に向いている分には問題がない。
しかしそれが生活面に向いてしまったとしたら。またぞろ写真週刊誌の餌食である。
男に狂った人も煙草に手を出した人も、毎日に刺激を感じなくなり、道を見失い、迷走した挙句のことだったのではないだろうか。

一本気な(ように見受けられる)人だから、少しだけ心配である。


といいながらも、本当に心配しているのは藤本美貴のことではない。モーニング娘。やハロプロのことでもない。

何か問題が起きたときに、感情的になる人が出たり、ファン同士が対立し罵りあいになったりするのがものすごくイヤなのだ。
みんな仲良くしようよ。


僕にとって、ヲタの皆さんは愛すべき仲間たちなのだ。
気に入らないヤツもいる。価値観の違う人も、間違っても友達づきあいしたくないような人も、係わり合いになりたくないタイプの人もいる。実をいうと“敵だ”と思っている人たちもいる。

それでも、同じ対象に興味や好意的な感情を持っているかぎり、みんな僕の“ゆかいな仲間たち”なのだ。
だから、仲間たちがつまらない主義主張の違いでいさかいを起こす姿を見るのは忍びない。

現場で挨拶や名刺交換をしたり(最近してないなぁ)、ネットの掲示板でくだらない話をして盛り上がったり、そんな楽しい時間をできるだけ長くすごしたい(※)。そんな僕は甘いのだろうか。


(※)などという割には狼住人なわけだが。ただ常駐してるのが通称“野田スレ”なので(( ・e・)<実は1回目からいる古参なのだ)、煽りとか叩きとかヲタ論争にはあまり縁がない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)